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東京地方裁判所 平成6年(ヨ)21170号 決定

債権者

坪井宏太

債務者

三井リース事業株式会社

右代表者代表取締役

米倉國輔

右代理人弁護士

竹内桃太郎

大澤英雄

主文

一  本件申立てを却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

債権者が債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

第二事案の概要

本件は、債務者の従業員であった債権者が、債務者の債権者に対する解雇は無効であるとして、その地位保全を求めたものである。

一  争いのない事実

1  債務者は、リース事業等を営む株式会社で、その従業員数は約六〇〇名である。

2  債権者は、平成二年一月一六日、債務者との間で雇用契約を締結し、国際事業本部国際営業部に配属された。

3  債務者は、債権者に対し、平成六年六月一日、就業規則二五条三号に該当する解雇事由「長期間著しい非能率、組織不適応、労働意欲の欠如等により、会社の業務遂行に支障があり、将来もその職掌に見合う業務を果たすことが期待できないと認められる場合」があるとして、同月三〇日をもって解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という)。

二  争点

本件解雇の有効性

三  当事者の主張の要旨

(債務者)

1 債権者は、国際営業部に配属後約四か月で営業担当者としての適性なしと判断されたが、債務者は、債権者の能力発揮を期待し、平成二年五月から同年一一月まで海外プロジェクト部、同年一二月から平成三年九月まで国際営業部、同年一〇月から平成六年六月まで国際審査部に次々と配置転換したものの、これらいずれの部門においても単に適性を欠くばかりでなく、事務処理能力も欠くと判断されたため、ついには債務者内に受入先がなく、配置転換が不可能となった。このため、最後の国際審査部においては、債権者に担当させる業務がなく、平成四年一〇月以降は「部長特命事項担当」という名目をつけて、事実上、実務からはずしていた。

しかし、債務者は、債権者が国内法務部門への配置転換を希望していることに配慮し、同人の法務担当者としての能力、適性を調査するため、平成五年五月から同年八月にかけて約三か月間日常業務を免除し、法務実務に関する課題を与えて報告書を作成させ、これに基づいて指導検討を行うという形で研修を実施したが、その結果、債権者には国内法務部門担当者としての能力、適性が欠如していることが明らかとなった。

その他、債権者には自己の能力を過信して上司の業務上の指摘、指導に耳を貸さないという性癖があり、また、時間的又は能力的に厳しい業務を課されると、その業務の報告期限直前に休暇をとって事実上業務を放棄するなどの行為に出たため、債務者内での人間関係が著しく悪化するなどの組織不適応もみられた。

以上によれば、債権者には就業規則二五条三号に該当する解雇事由があることは明白である。

2 債務者は、本件解雇に当たり、就業規則二五条但書きに基づき、適切と判断した委員及び参考人を構成員とする解雇検討委員会を設置し、右委員会の解雇もやむを得ないとの結論を尊重して本件解雇を行ったものであるが、右委員会の構成や手続等は債務者の裁量に委ねられており、債務者には右委員会に債権者や労働組合の組合員を出席させる義務はないから、本件解雇に何ら手続違反は存在しない。

(債権者)

1 債権者がこれまでの部署で十分に適応していなかったことは確かであるが、それは債務者が職場環境の整備を怠ったこと、特に債権者に対する同僚の村八分行為や嫌がらせとそれに対する上司の不適切な対応に起因する職場不適応によるものである。例えば、平成五年八月一〇日には、同僚の女性が債権者を生理的に嫌うという理由で、債権者の机が他の従業員から数メートル離れた位置に移動させられたことがあった。それにもかかわらず、債務者は、債権者に対する同僚の村八分行為や嫌がらせに対する不適切な対応等自らの落ち度を素直に認めて問題を解決しようとしなかった。

また、債権者は、職種を限定して採用されたのではないのであって、配置転換をして職場環境や雰囲気が異なるところで実際に業務をさせてみないことには、債権者が真に組織に適応していない、あるいは債権者に職務遂行能力がないと断言することはできないのであるから、債務者は、債権者を解雇する前に配置転換を試みるべきである。債務者は、債権者を他の部署、特に国内の法務部門に配置転換することができないことについて、債権者に何ら正当な理由を示していない。従前は国内法務担当者の人選に際して法律の知識や素養を問われたことはないのであるから、債権者に国内法務担当者としての能力や適性がないという理由で、国内法務部門に配置転換できないというのは不合理である。

2 解雇検討委員会が開催される旨は、債権者及び労働組合(三井リース事業社員会)にも通知されず、結局、債権者らには右委員会で意見を表明する機会が与えられなかった。これは、重大な手続上の瑕疵である。

第三当裁判所の判断

一  前記争いのない事実及び次の各項末尾掲記の疎明資料によれば、以下の事実が一応認められる。

1  債務者は、平成二年一月一六日、債権者と雇用契約を締結し、債権者が語学が得意であると称し、かつ以前の勤務先で国際業務の経験があったことなどから、債権者を国際事業本部国際営業部に配属した。国際営業部は国際商内及び債券投資売買等を担当する部門であったが、債権者は、同部における実務知識に関する教育にもかかわらず、業務に対する理解力が劣っているばかりか、自分の知識・能力を過信して上司の指示を無視しその場の思いつきで対外折衝を行うなどの致命的な態度がみられた。また、債権者は、法学部修士課程を卒業して法律に詳しいとのことであったため、同年二月から国際事業本部海外業務部が中心になって進めていたプロジェクトに参加することになったが、債権者の法的知識は通り一遍のものに過ぎず実際の業務にはまったく役に立たなかったほか、チームに貢献しようとする姿勢もまったくうかがえず、チームの他のメンバーとの人間関係も悪化したため、同年五月にはそのプロジェクトからはずされるに至った。(書証略)

2  債権者は、同月一六日から、海外不動産開発投資、同共同参加勧誘斡旋及び同売買仲介業務を担当する部署である国際事業本部海外プロジェクト部に配置転換となり、同部が交渉を開始していた案件の開発投資参加勧誘書類の日本語訳文の作成や開発投資共同参加募集のため銀行その他の金融機関及び投資家候補の訪問等を担当することになったが、英文参考資料を提供されたにもかかわらず、その内容を十分咀嚼したうえで日本文の説明を作成するのではなく、日本の六法全書の中から適当な類似語を捜し出して当てはめる方法をとるため、内容としても事情とかけ離れた誤解を招く危険性のある訳文が作成される結果となってしまった。また、金融機関等の訪問についても、約束の時間を間違えたり、自ら発言しなかったりということがあり、相手に不快感を与える結果となった。このように債権者の業務内容は債務者の期待を裏切るものであったところ、債権者自身がわずか五か月余りで人事自己申告書に「海外プロジェクト部の業務に自分は余り適していない」旨を記載して配置転換を希望したため、同年一二月一日、再度、国際営業部に配置転換されることになった。(書証略)

3  しかし、再度の配置転換によっても、債権者には改善の徴候がみられなかった。例えば、債権者は、ある債券投資案件の担当者として、同案件を中心となって進めていたリース会社に何度か電話で照会したが、その電話の内容が支離滅裂で電話を受けた相手が何を聞かれているのかまったく理解できなかったうえ、商取引の実状を理解していないのに、電話の相手に一方的かつ高圧的な対応をとったため、後に同会社の担当者から債権者の対応に非常に苦慮しているとの苦情を受けるに至ったことがあった。このように、債権者には業務に対する理解能力が欠けていたほか、度々注意を受けていたにもかかわらず、これに従わず、自己の能力を過信して業務内容を十分に理解しないまま取引先に連絡をとり、その場の思いつきで支離滅裂な発言をしたり、取引先を怒らせるような言動に出たりした。そのため、債務者は、債権者を対外的接触のある部署に配置しておくと、債務者の対外的信用を損なうとの判断から、平成三年一〇月一日、債権者を国際審査部に配置転換した。(書証略)

4  国際審査部は、国際関係取引にかかる審査業務や債権管理業務を専門に行う部署であったが、債権者が最初に担当した業務、すなわち海外の現地法人が取引を行うに際し与信が必要な案件について、取引先及び取引内容等を審査し、最終的に与信の可否を決定する案件審議会への付議資料を作成するという業務について、債権者は、審査及び書類作成能力が欠如していたばかりか、審査能力を要求され、しかも時間的制限のある禀議案件処理を命じられると、最大限の努力を尽くすどころか、期限直前に至って突然休暇をとることがしばしばあり、債務者は、債権者には右業務を担当するには能力不足であると判断せざるを得なかった。そこで、債務者は、平成四年一月から債権者に国際問題債権の取りまとめを担当させることにしたが、債権者の作成した事故債権リストは、問題点又は要点の抽出と分析が不十分で使い物にならず、また事務処理能力にも欠け、債権者が作成する資料は別の担当者が点検しなければならず、著しく不能率であった。その後、同年七月から債権者が担当することになった既往の案件を素材としたケース・スタディ用の教材作成の業務についても、業務知識及び基礎知識が欠如しており、しかもこれを補うという努力をしなかったうえ、上司・同僚から問題点の指摘及び指導を受けてもこれを素直に受け入れず、かえって自己の特異な見解に固執したため、教材としては使用し得ない問題の焦点すら明確でない散漫な書類を作成しただけの結果に終わった。債務者は、やむなく平成四年一〇月から債権者を部長特命事項担当という名目をつけて実質的な業務からはずさざるを得なくなった。

加えて、債権者の職場における人間関係も悪化しており、特に債権者が勤務時間中に給湯室にしばしば出入りし、接客用のお茶の準備にも支障をきたしたことなどから、女子従業員より強い不快感が示されたりした。(書証略)

5  債務者は、債権者が自分の国内法務に関する能力を強調してその分野での業務を希望したことから、平成四年五月、国内法務担当者に依頼し、債権者に民法、商法、独占禁止法及び刑法の口頭試験を実施してもらったが、その結果は、債権者の法的知識及び思考力とも実務で使用できるレベルには到底達していないというものであった。

また、債務者は、平成五年五月二五日から同年八月三一日までの間、債権者の法務能力及び適性を調査するため、国内案件の審査を担当する審査部の副部長を指導担当者として、債権者の日常業務を免除したうえ、法務実務に関する課題を与えて報告書を作成させ、これに基づいて検討指導を行うという形で研修を兼ねた考査を行うことにした。しかし、その結果も不良であり、債権者は基本的な法的知識を欠き、法的問題点の把握が不十分であるのみならず、空理空論に走って取引の実態を踏まえた議論ができていない、また中間報告の際の指導担当者からの再三の意見、指導にも素直に耳を傾けずに特異な自己の見解に固執し続けるなど、単に法務担当者としての能力、適性に欠けるばかりでなく、業務遂行に対する基本的姿勢に問題があると評価された。(書証略)

6  債務者は、こうした評価を受けて、債権者に事態を冷静に認識判断し、かつ次の職を探す時間的余裕を与えるため、出勤を免除して給料は従前どおり支払うので、その間に職を探すよう申し入れた。債務者は、その後平成五年九月八日から平成六年四月二五日までの間に合計九回債権者と面談し、適性や実務能力に欠けていることなどを詳しく説明したうえで、債務者を退職するよう説得に当たったが、債権者は、自分の能力の欠如を認めようとせず、法務部門での業務を希望すると繰り返すばかりであった。(書証略)

7  そこで、債務者は、これ以上話合いを続けても債権者が説得に応じて退職することは期待できないと判断し、同月二六日に開催した解雇検討委員会(出席者は、代表取締役専務取締役、総務部長、経理第二部長、国際審査部長、国際事業本部長、審査部副部長、人事部長、人事部長代理)の「債権者の解雇はやむを得ない」との結論を尊重し、同年六月一日、債権者に対し、就業規則二五条三号に該当する解雇事由「長期間著しい非能率、組織不適応、労働意欲の欠如等により、会社の業務遂行に支障があり、将来もその職掌に見合う業務を果たすことが期待できないと認められる場合」があるとして、同月三〇日をもって解雇する旨の意思表示をした(書証略)。

二  右疎明事実によれば、債権者には就業規則二五条三号に該当する解雇事由が認められるというべきである。

債権者は、配置転換することにより活用の余地が十分にあるのであるから、これをせずに債務者が債権者を解雇したのは許されないと主張するけれども、前記のとおり、債務者は、債権者と雇用契約を締結して以降、国際営業部、海外プロジェクト部及び国際審査部に順次配置転換し、担当業務に関する債権者の能力・適性等を判断してきたものであり、特に国際審査部においては、債権者が国内法務の業務を希望したことから、債権者の法務能力及び適性を調査するため、約三か月間、日常業務を免除し、法務実務に関する研修等の機会までも与えたものの、その結果は法務担当者としての能力、適性に欠けるばかりでなく、業務遂行に対する基本的姿勢に問題があると評価されたことから、債権者をさらに他の部署に配置転換して業務に従事させることはもはやできない、との債務者の判断もやむを得ないものと認められる。

また、債権者は、自分がこれまでの部署で十分に適応できなかったのは、債務者が職場環境の整備を怠ったこと、特に債権者に対する同僚の村八分行為や嫌がらせとそれに対する上司の不適切な対応に起因する職場不適応によるものであると主張するけれども、仮に債権者に対する同僚の村八分行為や嫌がらせの事実があったとしても、前記のとおりそのもともとの原因は債権者自身の言動等にあるものと認められるうえ、そのような事実と債権者の業務に関する能力欠如との間に因果関係があるとの的確な疎明もないのであるから、これらの事情が解雇権の濫用を基礎づけるものとみることは到底できない。

三  なお、債権者は、解雇手続の瑕疵を主張するので、検討する。

解雇は雇用契約を終了させる使用者の一方的意思表示であるから、いかなる手続によって解雇するかは、就業規則等に特段の定めがない限り使用者の裁量に委ねられているものと解すべきところ、本件においては、解雇を規定した債務者の就業規則二五条が、「次の各号の一に該当する場合は、会社は三〇日前までにその旨を予告するか又は解雇予告手当を支給して職員を解雇することができる。但し、第三号に該当する場合については、会社はその都度設ける委員会の意見を徴して決定する」と定めているが、同就業規則には右委員会の構成員や審理手続等について具体的に定めた規定は存しない(書証略)。したがって、就業規則二五条が定める委員会の構成や審理手続等は債務者の裁量に委ねられているものと解すべきであり、その委員会において被解雇者である債権者や労働組合の組合員に弁明の機会を与えなければならないものではないというべきである。

本件において、債務者は、平成六年四月二六日に代表取締役専務取締役、総務部長、経理第二部長、国際審査部長、国際事業本部長、審査部副部長、人事部長、人事部長代理が出席する解雇検討委員会を開催して債権者の解雇問題について検討し、同委員会が債権者の解雇はやむを得ないと判断したことを尊重して債権者を解雇したことは前記のとおりであるから、その手続に何ら瑕疵はないというべきである。

四  結論

以上によれば、本件解雇には何ら無効原因はなく、本件申立ては、被保全権利について疎明がないことに帰するから、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

よって、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 飯塚宏)

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